先に言っておくが私は忙しい。
なにせ4人の子供を世話しながら会社も経営しているのだ。
昨日だってそうだ。
昨日は奥さんの帰りがいつもより遅くて、私は蒸し暑い坂道を自転車で何度も登って保育園にお迎えに行ったり、長女の宿題をチェックしたり、ぎゃんぎゃん泣いている赤子のミルクを温めたりしていた。
いつものことだ。
もちろん疲労で全身は疲れていた。もうこんな生活が始まって7年になる。ここまで、ろくな休暇も取れずに365日、24時間労働が続いているようなものだ。
時計を見上げた。
夜の8時か・・・そろそろお風呂に入れないと・・・
夕方に次男がおしっこを盛大に漏らしたため、ひとあし先に一緒にシャワーを浴びていた私は、長女と長男に
「今日もシャワーにするから、入ってきなさい」
と伝えた。
ベッドに腰かけてため息をつく。
「ふぅ・・・ こんな生活がいつまで続くんだ? 俺は・・・ 」
ふと最近買ったKINDLEタブレットが目に留まった。娘たちがシャワーから戻るまで15分はあるだろう。何気なく手に取り、お勧めの漫画一覧を眺めていたら、ある老人の顔が目に留まった。
そのマンガには「イムリ」と書かれていて、いかにも神秘的な絵が印象的だった。
老人の邪悪な笑顔は、私を妙に惹きつけた。そのマンガの名前は初めて聞いたし、大した理由は無かった。だが、私はその老人の顔をタップして、そしてシリーズ一覧からイムリ1巻にたどり着き、「概要」を読むことにした。
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間違いだった。
引き返すなら、あの時だったのだ。
今となっては無駄なことだ。こんな話をしても戻れないのだから。
だが、私はあの老人の顔を押してしまった。あなたも知っているだろう?たった一度の過ちが、時に人生を狂わせてしまうことだってあるのだ。
イムリの概要にはこう書かれてあった。
文化庁メディア芸術祭 マンガ部門優秀賞受賞! ダ・ヴィンチ「絶対はずさない!プラチナ本」選出! 「謎が謎を呼ぶ構成と緊迫感に満ちた展開」(朝日新聞) 「期待は高まるばかり」(読売新聞)など、各メディアで絶賛の嵐を呼ぶ、現代漫画の最高峰! 『ぶっせん』『ペット』など、圧倒的個性で漫画ファンの熱い注目を浴び続ける鬼才・三宅乱丈が、その才能のすべてを解放して挑む、壮大で精緻なSFファンタジー・ロマン!
私はこの時のことを今でも鮮明に覚えている。
私はKINDLEを持ち上げ、にやけた顔で奥さんに言ったのだ。
「おいおい、見ろよ。評判 “だけ” はいいマンガ見つけたぜ」
だってそうだろう?
みんなにとって素晴らしくとも、それが私にとって最高だとは限らない。
私はこれまで、大量の漫画を読んできた。目は肥えている方だ。そんなに簡単に「名作だ」なんて言葉は使わない。
「試してみてやってもいいか・・・ 」
そんな軽い気持ちで私はイムリの1巻を買ったことを覚えている。
読み始めると、1巻は壮大なストーリーの背景を消化しきれないような、何とも言えない中途半端な気持ちで終わった。
「この程度か・・・ 」
少し落胆しながら、だが、何かこの先を読まないと損をするような、そんな気持ちが同時に湧きあがってもいた。
私は思った。
「もう1巻だけ読もう」
2巻を買って、ダウンロードしているうちに子供がシャワーから出てきた。右手で彼らの世話をしながら、左手でKINDLEのページをめくっていく。
読み進めながら、私の心は次第にイムリの世界に奪われていった。
なんというか、こう、不思議な世界観と、過酷な現実と、夢のようなファンタジーがすべて合わさったようなマンガなのだ。
例えるなら、スターウォーズを見ながら、ガンダムを見ながら、インディージョーンズを見ながら、デスノートを見ているような感じだ。
広大な宇宙に広がる素晴らしい世界。見たことのない生きものや生態系。そこで巻き起こる、戦争の悲しさや人間の醜さ、いとも簡単に人が死んでいく恐怖。しかしそれと同時に、古代文明を旅していくようなワクワクした冒険、仲間との友情や恋。そして「名前を知られると恐ろしいことが起こる」という珍しい発想に基づいたサスペンスのようなスリル・・・・
左手はKINDLEに吸い付いたように離れない。
2巻が終わった時、私は思った。
「もう1巻だけ読もう」
そこから何がどうなったのか、あまり覚えていない。
読み進めるたびに私は夢中になっていき、気づけば夜中になっていた。7巻くらいまで読んだだろうか。子供は完全に寝つき、私は右手で日本酒と貝ひもをつまみながら、KINDLEから離れようとしない左手で何度も何度もページをめくっていた。
目が離せない。
いや、手が離れないのだ。
この時、もう戻れなくなっていたのかもしれない。
明日も朝から仕事だ。
子供の世話だってある。
「寝ないと・・・寝て身体を・・・休めないといけない。」
7巻を読み終わった時、私はこう思っていた。
「もう1巻だけ読もう」
夜中の3時が過ぎ、頭が痛くなってきたころ、15巻くらいまで進んだだろうか。
私は寝返りをうちながら決意した。
「決めた。もう寝ない。朝まで読む。」
そして朝になり、最新刊の23巻が読み終わり、私はクソ忙しいのに10時間近くも漫画に消費したことに気づいた。
午前から打ち合わせと生放送番組に出演する予定だ。
くそ忙しい私の10時間と、13,000円近いお金を一瞬で消費したのだ。
私は後悔していた。
「なぜ、この漫画ともっと早く出会わなかったんだ・・・ 」
久々に寝れなくなる漫画に出会った。
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しかもまだ連載中だ。
人生の楽しみがまた一つ増えた。
私のつたない言葉で、このマンガをこれ以上説明しようとは思わない。
変な先入観を与えてしまって、イムリの世界を汚すわけにはいかない。
2巻でいい。1000円ちょっとだ。
それだけで、あなたもこのイムリの深い闇に魅了され、悲しく、はかなくも美しい世界に夢中になっているだろう。
そしてあなたの人生は、「イムリを読んだ人生」になる。
私と同じだ。
マンガって最高だな。
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